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新市場は、消費者とメーカーの「二人三脚」がなければ生まれない(ロボット掃除機ルンバ)

※このコラムは2016年5月25日の宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です

セールス・オンデマンドは、米国アイロボット社の「ルンバ」の日本における販売代理店として2004年に設立されました。今や「ロボット掃除機」の代名詞として知られる「ルンバ」ですが、市場の開拓とその普及には、常に消費者のクチコミと上手につきあってきた戦略がありました。その貴重なマーケティングストーリーを同社 取締役の徳丸順一氏に聞きました。

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徳丸 順一(とくまる じゅんいち)
セールス・オンデマンド 取締役 第一事業本部 マーケティング部 部長

広告会社を経て、2006年4月にアイロボット日本総代理店 セールス・オンデマンドに参画。家庭用掃除ロボットのパイオニアである、アイロボットルンバのマーケティング活動を展開し、ロボット掃除機カテゴリー創出を行う。2010年1月、スウェーデンの高性能空気清浄機ブルーエアを日本市場に導入し、掃除機以外のカテゴリーへ進出。2013年4月より経営企画本部を担務。2015年4月より再びアイロボット事業のマーケティング全般を担務している。

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新市場をどうつくるか

藤崎:ルンバのアンバサダープログラム「アイロボット ファンプログラム」を始めたのは最近ですが、以前からクチコミを重視していたそうですね。

徳丸:はい、そうですね。このことをご説明するためには、まずは弊社の創業時の話をしなければなりません。2004年、我々が日本の販売代理店としてアイロボットを扱い初めた当初、実際はなかなかうまくいきませんでした。理由はいくつかありますが、最初に学んだことは「新商品についてブランド側から発信するだけでは、消費者に全く理解されない」ということでした。

藤崎:まずは、使ってもらうことが大事ということでしょうか。

徳丸:いえ、もっと根本的な問題です。「ロボット掃除機」という存在自体が今までにないカテゴリーだったため、これまでの掃除機とは違った存在として、いかに世の中に価値を認めてもらうかがスタートだったのです。その上で、新市場をいかに生み出していくか、という順番です。つまり、マーケットそのものを日本で作らなければならないという課題にぶつかったのです。もちろんマーケットができなければ、ビジネスが成立しないわけなので、たいへん厳しい状態でした。

藤崎:市場をつくることが、スタートというのはすごいですね。

丸:そのときに気づいたのは、新カテゴリーを切り拓いていくというのは我々メーカー側だけでは難しく、消費者の方々と二人三脚で作り上げていくしかないという事実でした。

まずはロボット掃除機の存在価値を消費者に認めてもらうため、徹底的な店頭デモを行ない、一人ひとりのお客様に製品の特長や優位性を理解してもらえるように努めました。

藤崎:確かに生活者に受け入れられなければ、市場が成り立ちません。日本の「ロボット掃除機」の普及の歴史はルンバと共にあるというわけですね。ひとつの市場が作られるマーケティングストーリーとして興味深い話です。

徳丸:最近、Webサイトをリニューアルした2007年に私が書いたメモが出てきました。それを見ると消費者から生まれたクチコミを自社サイトへ繋げ、自社サイトから気付きを得て、さらなるクチコミに発展していくというようなイメージを描いていました。当時はまだ大きな広告展開ができなかったので、まずは消費者のクチコミを主役にすることを考えていました。

藤崎:今日はアンバサダープログラムについて聞くつもりでしたが、それ以前の、市場をどうつくるのかという根本的な話ですね。確かに「市場を作るためには、まずは消費者が主役でなければならない」、とても勉強になります。

徳丸:2000年代後半はファクトに基づく、コンテンツマーケティング的なアプローチをコツコツと一生懸命おこなっていました。例えば、「部屋の隅まで掃除できるのか信じられない」、「こんな丸いものが自分に代わってきちんと掃除できるはずがない」という声を払拭するためのコンテンツです。なかには、「実際に掃除機をかけた後でも、こんなにゴミが取れて、さらにその中にはダニが何千匹取れました」、といったコンテンツも作りました。

藤崎:今でいう、コンテンツマーケティングですね。

徳丸:そうです。ファクトベースのコンテンツを作ることで、それを見た人のクチコミが発生していきます。そしてクチコミが増えると、その中に次のコンテンツを作るためのヒントになる声が見つかって、今度はそれをコンテンツ化します。そういったループで、どんどんコンテンツとクチコミが大きくなっていくわけです。

藤崎:お話を伺っていると、必ずクチコミがでてきます。「ルンバ」はまさにクチコミと共に市場が拡大した商品と言えそうですね。

クチコミで基盤をつくり、広告でブースト

藤崎:マス広告は、どのタイミングで投入したんでしょうか。

徳丸:先ほど、お話したように市場開拓のために最初に行ったのは、消費者のクチコミ活用でした。次にコンテンツマーケティングを行うことで、多様なクチコミが発生しました。その結果、ルンバに対するポジティブなクチコミが増加しましたが、それは我々が考えるコミュニケーション上のいわば土台でした。クチコミが顕在化した2009年からマス広告を始めました。この広告展開によって、一気に認知度が高まり、消費者数も劇的に増えました。

ただし、マス広告で製品の認知度は高まりましたが、一方で一人ひとりの製品理解度という点では課題も残りました。ルンバのある暮らしを想像し、自分ゴト化してもらうために、今まで以上に消費者の声を大切にしていこうと決めました。そこで「アイロボット ファンプログラム」を行うことにしたという流れになります。

藤崎:新市場の開拓や市場拡大を狙う要所要所で、ファンやクチコミの力に着目しているわけですね。

徳丸:広告は認知度を高めるのに適していて、クチコミは「納得感」の土台になります。2009年からいろいろな広告を行い、認知レベルは拡大したので、次はクチコミが永続的に行われていくための「クチコミの仕組化」作りに注力していこうと思っています。

藤崎:広告とクチコミの役割は、それぞれ違います。もちろん全てを行うことができればベストですが、役割を分担させ、ステップを踏んで市場を大きくしていく戦略ですね。

徳丸:結局のところ、ロボット掃除機は今でも新カテゴリーの商品です。どんなメリットがあるのかまだイメージしにくい商品なので、市場拡大に向けては、最終的には利用者の声やクチコミが消費者の不安を払拭するのにもっとも役立つものになります。

藤崎:「ルンバ」のような新ジャンルの商品は、常にクチコミが大事なんですね。

クチコミが市場を広げてくれる


徳丸:広告展開に関しては、弊社は販売代理店ですので、米国アイロボット社と歩調を合わせてグローバルブランディングに取り組んでいます。ただ、それだけでは足りないと思っています。日本市場に根付かせることを考えると、消費者の声をどう生み出して広げていくのかをセットにして考えないと、実際の普及にはつながりません。広告とクチコミは両輪です。

藤崎:日本市場では、特にクチコミが機能するということでしょうか?

徳丸:クチコミが持つパワーは、日本もアメリカも同じです。ですので、広告とクチコミの両方を上手に使っていこうというのが我々のスタンスです。

日本の状況をお話すると、「ルンバ」は使ってくださっている方には非常に満足頂いている商品です。いつ調査をおこなっても、約8割の人が「満足です」と回答する調査結果が出ています。一方で、使っていない方はすごく懐疑的に見てしまう傾向があります。「いろいろな記事では良いと書いてあるし、消費者レビューでも好意的に書かれているが、本当に大丈夫なのか?」ということが一般的な反応で、その懐疑心をどう解くのか継続した課題です。

藤崎:1回でも使ってもらえると、良さがわかるということですね。

徳丸:そうですね、ただ試しに使ってもらえるプログラムを全員に提供するのは難しいので、体験談やレビューなどで疑似体験してもらいたいと思っています。そこでは、さまざまなライフスタイルや価値観をもった消費者の声を紹介することが必要だと考えています。

藤崎:「ルンバ」におけるクチコミの重要性がさらによくわかりました。一般的な企業の場合、まだまだ従来型のマーケティングが主流ですので、ファン重視のアンバサダープログラムは社内を説得する必要があるようです。つまり、せっかく担当者の方が前向きでも、既存顧客とのマーケティングに果たして意味があるのか、という社内の声で頓挫する企業が多いのも事実です。

徳丸:弊社の場合は、そういう問題はなかったですね。そもそも市場開拓の時点で、クチコミの重要性を私自身が認識していました。

「アイロボット ファンプログラム」の3つの軸

藤崎:「アイロボット ファンプログラム」の具体的な内容を教えてください。

徳丸:大きく分けて、3つの施策を軸に運営しています。1つ目はSNSでの投稿キャンペーンです。こちらは常時行なっています。2つ目は製品モニターです。こちらは3か月間と、ちょっと長めの期間設定が特徴です。3つ目は参加できるようなアクティビティという意味でファンイベントです。

最初の2つはデジタル上での展開ですが、3つ目はリアルを重視したものです。その3つを組み合わせて、消費者の疑問に答えるコンテンツを増やしています。

藤崎:それぞれについて詳しく教えてください。まずは、1つ目のSNS投稿キャンペーンの反応はいかがだったでしょうか。

徳丸:投稿のお題はとてもシンプルで「ルンバの一番の魅力はなんですか?」です。これは実際にお使い頂いている方にとっては、実感を込めて投稿しやすい内容ですし、ルンバを欲しいと思っている方も知りたい内容です。ですので、両者にとってそれぞれの満足を満たす情報発信ができていると思っています。もちろん我々から見ても、購入を検討している方に届いて欲しい声ばかりですので、有意義な企画といえます。

藤崎:なるほど。使っている人にとっては、自分たちの体験を人に伝えたいという気持ちがあるでしょうし、その率直な声が購入検討者の参考になるというわけですね。では2つ目のモニター企画について教えてください。この3か月というモニター期間はずいぶん長いですね。

徳丸:期間を長くしたのは、モニターの方と同じ長期間に渡る心境や暮らしの変化を、他の人にも追体験して欲しいからです。

藤崎:どういうことでしょうか?

徳丸:「ルンバ」が届いて、初めて使った時が嬉しいというのはよくわかります。最初の1回目が興味深いのは誰もが同じです。その喜びや驚きが、どのように日常的になっていくのか、それをモニターの人に体験して欲しいということです。

モニターは、最初は興味本位だったり、懐疑的だったりしますが、だんだんポジティブに変化していき、日常的に使っていくうちに「ルンバ」が「生活の必需品」になっていきます。そうした心境や暮らしの変化を実際に体験してもらうために3か月間にしました。

実際に3か月間、日常的に使っていくうちに、どんどん手放せなくなっていく感じが、モニターの記事に出てきます。これは本当に実感が込められていて、企業からのメッセージでは伝えられない内容です。そして、3か月後には結局、購入いただくケースもたくさんあります。

藤崎:一般的に製品モニターは、そこまでの心境の変化を追うことはありません。でも「掃除機」という生活必需品を違うものに置き換えてもらうためには、そのくらいの期間が必要だということなんでしょうか。

徳丸:「掃除機」としての性能はもちろんですが、実はそれだけではありません。実際に「ルンバ」が家にあると暮らしが少し変わっていきます。その変化を体験してもらいたいということです。具体的には、やらなければならない掃除という家事がひとつ減るということは、その分の心理的・体力的な負担からも解放され、自分の時間が充実し、日常の質が上がっていきます。その体験のために、3か月くらい使ってもらいたいということです。

藤崎:それは素晴らしいですね。「ルンバ」がある暮らしについてはいろいろな声を聞きます。例えば、小さいお子さんがいるご家庭では、ルンバが動く時間を掃除の時間と位置付けて、子供に定期的に片づけをさせているという話などです。「床に散らばったおもちゃを片付けないとルンバが食べちゃうよ」と言っているそうで、ルンバが来てから子供が定期的に片付けるようになったそうです。

徳丸:そういう話はよく聞きます。他にもルンバがあることで暮らしが良い方向へ変わっていくこともあるようです。ですので、モニターの返却期限が迫ってくると、多くの方はできれば返したくないという気持ちになります。そして「ルンバ」がいかに生活に必要なものなのか記事に書いてくださいます。

藤崎:なるほど。「ルンバ」には、単なる掃除機としての機能以上の価値があるということですね。だから実際に使ってみることが大事なんですね。

徳丸:それは、「ルンバ」がそもそも持っている開発姿勢が関係しています。

藤崎:どういうことでしょうか。

徳丸:施策の3つ目のファンイベントでは、「ルンバ」の開発会社である米国アイロボット社の生い立ちや企業理念についてお伝えしています。

藤崎:興味深いですね。

ファンイベントでは開発理念を理解してもらう

徳丸:アイロボット社の企業理念は「CHANGE THE WORLD」で「ロボットで世界を変える」という壮大なビジョンです。これは、つまりアイロボット社が考えるロボットが解決すべき問題として「3D」という概念があり、それら「Dull:つまらない」「Dirty:汚い」「Dangerous:危険」な仕事は、もう人がやらずにロボットにやってもらい、その分、人の時間を有効活用しようという発想のことです。

アイロボット社は、そうした明確なビジョンと企業理念に基づき研究・開発を行っています。つまり、ロボット会社が作っている家庭用ロボットが「ルンバ」というわけです。

藤崎:ロボットに対する思想が全く違うというわけですね。初めて知りましたが、それは大きな特徴ですし、イベントで消費者に直接伝えるにふさわしい内容ですね。

徳丸:アイロボットは25年以上の長い歴史をもったロボット専業メーカーで、いまや世界60カ国以上で実用的なロボットを展開しています。米国ではプール掃除や雨どい掃除、テレプレゼンスのためのロボットもあります。人々の暮らしの役に立つロボットを開発し続けています。こうしたファクトベースのことをファンイベントでお話すると、みなさん驚かれ、「ルンバ」を信頼できる要素のひとつとして伝播してくれます。

藤崎:常にクチコミなんですね。

今回のポイント

新市場は消費者とメーカーの二人三脚でなければ作れない。
クチコミで基盤をつくり、広告でブーストを。
クチコミが市場を広げてくれる。
長期モニターは心境と暮らしの変化を感じてもらうため。
ファンイベントでは開発理念を理解してもらう。


今回のまとめ


いくら企業が叫んでも、その商品が生活者に受け入れられなければ新市場は生まれない。従って新しい市場の開拓は企業だけで行うことは難しく、企業と消費者との二人三脚が不可欠である。言われてみれば、確かにその通りです。実際に新市場を開拓してきた徳丸さんの体験談には説得力があります。クチコミで基盤をつくり、広告でブーストをかける。その相乗効果を常に意識しているというお話は、マーケティングストーリーとして勉強になることばかりでした。
さらに“認知レベルの拡大後は、クチコミが永続的に行われていくための「クチコミの仕組化」作りが大切である”、という視点に、クチコミが担う役割の重要性を感じました。市場拡大のためには消費者の体験に勝る説得力はないということですね。

※このコラムは2016年5月25日の宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です


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