【ソーシャルメディア活用(16)スターバックスコーヒージャパン】「80点を取り続ける運用こそ大事」
※このコラムは2012年10月1日の宣伝会議Advertimesに寄稿したものの転載です。
今回はスターバックス コーヒー ジャパンでソーシャルメディアの運用を担当している、マーケティング・カテゴリー本部 WEB/CRMグループ グループマネージャーの長見明さんにお話をお伺いしました。
硬い文章のブログは感情移入してもらえない
――ソーシャルメディアの中ではブログを最初に始められていますが、どのような理由でブログを開始されたのでしょうか。
長見:公式ブログを開設したのは2009年4月なのですが、2007年くらいからブロガー向けに情報を流したり、ブログパーツを作ったりしていました。公式ブログをやろうと思った直接のきっかけは、2008年9月に発売した「フィローネ」という新商品でブロガーイベントを実施したときのレビュー結果です。
フィローネというのはパンの一種なのですが、スターバックスが取り扱う食べ物は、飲み物に比べるとコミュニケーションが難しいんです。食べ物と飲み物には相性がありますから、スターバックスのコーヒーを飲みながらサンドイッチを食べたときの美味しさ、という体験を伝えなければいけない。それは情報として伝えるよりも実際に体験してもらったほうがいいだろう、ということで、東名阪で合計100人程度を対象としたブロガーイベントを開催しました。
そのときのイベントについて書いていただいたブログのコメントやトラックバックなどを分析してみたのですが、アルファブロガー同士がコメントやトラックバックを送っているときが、もっとも拡散効果が高いことが確認できました。
それまでは、PR担当者が報道関係者に情報提供するのと同じ要領で、ブロガーにも継続的なアプローチをしていくのがいいのかなと、漠然と思っていました。でも、分析結果を見た後だと、自分たちがブロガーとなり、そうしたブロガー同士のつながりの中に入っていったほうが効果が高いのではないかと思うようになったんです。そう考えてスターバックスの公式ブログを開設することにしました。
――ブログを開設することに社内からの反応はいかがでしたか。
長見:特に反対意見はありませんでしたね。「本当にやるの? 大変だよ?」と上司には言われましたが(笑)。
――開設してからの反響はいかがでしたか。
長見:告知はメールマガジンで行った程度で大々的には行っていなかったのですが、開設した月から10万PVを超えて、半年で月間30万PVになりました。
――ブログを書くのは大変ではないですか?
長見:それは、それなりに大変ですよ(笑)。でも、スターバックスの場合、ブログのネタには事欠かなくて、コーヒー豆の話は豆ごとにいろいろありますし、新しいフードが登場した時もどのコーヒーと合うかという話もありますし、地方にあるユニークなお店なども紹介できる。そうしたネタを元にしてチームのスタッフが持ち回りでブログを書いています。
それと、ブログの文体や雰囲気には気をつけています。プレスリリースのような硬い文章にしてしまうと、話の内容に感情移入してもらえません。オフィシャルな文章として完璧を目指すよりも、ゆるい趣味の世界で読んでもらえるような文章を意識しました。
アメブロは銀座の大通り。カフェは1本裏にあるくらいがちょうどいい
――ブログを書くのは難しいという人も多いですが、苦労はありませんでしたか?
長見:僕自身が以前にPR担当をしていたことと、自分でもブログを書いていたので、「読み手がどう読むのか」という勘所はなんとなくあったんです。会社としてのブログを書くのは初めてでしたから、それなりに試行錯誤もありましたが、意外とスムーズに始められたんじゃないかと思います。スタッフにもブログを書ける人書けない人がいましたが、お互いでノウハウを共有したり書き方を教えたりしながらチームでブログを運用していきました。
そもそも、マーケティングやPRにの担当者にとって、「相手がどういう気持ちで文章を読むのか」を考えることも、伝わる表現を考えることも当たり前のスキルであって、それらを意識して文章を書けないのは良いことではありません。書いた記事への反響が数字になって表れるので、トレーニングの一環としてもよいと思っています。
――ブログはSo-net ブログを使われていますが、企業ブログとしては珍しいですね。
長見:アメブロも考えたのですが、イメージ的にアメブロは銀座の大通りに大型店舗を出す、というイメージだったんですね。カフェは大通りから外れて1本裏にあるくらいが、自分だけの落ち着ける場所という感じでいいかな、と。
当初は途中でブログサービスを乗り換えることも考えていました。今はブログにコメントを投稿する代わりにツイッターやフェイスブックで感想や意見交換をするようになってきているので、自社サーバーでブログを運用しながらツイッターなどほかのサービスと連携するのがいいのかな、と思いながらも、現状はSo-net ブログのままですね。
――その後ツイッターも始められました。
長見:ツイッターを始めたのは東日本大震災の5日後のことです。もともとツイッターを使ったキャンペーンなども考えてはいたのですが、ブログを運営した経験上、予算よりも実際に運営する人材を確保することが重要だと感じていました。米国は積極的にソーシャルメディアを活用していたので「日本はまだ?」と訊かれることも多かったのですが、2011年4月に向けてツイッターを運用する人員を確保できたら少しずつ活用していこう、と思っていた矢先に東日本大震災が発生しました。
当時は固定電話も携帯電話もなかなかつながらない。会社のメールもなかなか返信がない。携帯電話のメールアドレスも知らないといった状況でしたので、制作会社を含む取引先の方とは連絡がつきにくかった。でも、ツイッターだと意外と連絡が取りやすくて、震災発生の金曜日から週明けくらいまではツイッターが連絡手段として非常に有効でした。
経験したことのない緊急事態の中で、何かできることはないかと考えたのが、連絡手段としても有効だったツイッターの活用でした。すぐにもう一度大きな地震が起こる可能性もあるだろうし、原発の危険もある。自分以外にツイッターの活用を発案する人間は、社内には見当たりませんでしたので、今なにもしないでいると確実に後悔するなと思いました。炎上のリスクとか、マーケティング効果とか言う前に、緊急時の連絡手段、情報発信手段としてツイッターアカウントを開設するか否かの判断でしたから、その先のことは後で考えればいいと思いました。震災の翌営業日にあたる月曜日に上司に提案、火曜日に経営会議で審議、翌日の水曜日、3月16日にツイッターアカウントを開設しました。
多くの社員にソーシャルメディアのスキルをつけてもらいたい
長見:最初は被災された方々へのお見舞いなども投稿していましたが、その後にどんな情報を発信していくのかけっこう悩みました。でも、こういう時だからこそ「コーヒーを飲んで、ホッと一息つきませんか」みたいな呼びかけが必要とされているし、心を落ち着ける助けにもなるんじゃないかと思って、「震災以外の情報も発信します」という宣言も合わせて行いました。
そんな時でも、西日本のお店はいつも通り営業しているわけで、西日本でビジネスが悪くなると全社的に状況が悪くなってしまいます。とにかく、できる限り中立的なメッセージングを心がけながら、商品の情報、寄附の情報、たまにはCEOからのメッセージなんかをバランスを取りながら発信していきました。PRや店舗でのコミュニケーションが機能しなかったので、今、思い出すと、サイトやツイッターを管理している私たちのチームは、まるでスターバックス報道局のような役割を果たしていたように思います。
――ツイッターに続いてフェイスブックやmixiページなども始められていますね。
長見:今は個人が情報発信する時代がやってきていて、仮にツイッターやフェイスブックがなくなったとしても、個人が情報発信していく時代の流れはなくならないだろうと考えています。マスレベルで話題が盛り上がるのではなく、個人が発信することでモザイク状にトレンドができあがる世の中の流れ対して、企業は生き残るためにも対応することが求められていると思うんです。その主戦場が、今はソーシャルメディアにあるんじゃないでしょうか。
長見:ただ、こうしたソーシャルメディアに関するスキルは、PRやマーケティングにとって特別なスキルであってはいけないと考えています。ツイッターを立ち上げた時の担当者はもともとPRの経験があり、社内向けガイドラインの策定やリスク担当なども取り組んでくれたのですが、今年の1月に入って担当を変えることにしました。適性のある人が担当を続けていれば120点の成果を出せるかもしれません。でも、我々にとって大事なことは、むしろ80点を取り続けることだと思うんです。今は、なるべく多くの社員に実務経験を持ってもらって、その土台を作る必要があると考えています。
スターバックスにアクティブサポートは向かない
――ソーシャルメディア活用の効果測定はどのようにされていますか。
長見:私は2006年に入社してからずっとWebを担当していて、サイトのアクセス数や会員数といった数字にこだわってやってきました。サイトは、既存のお客さまや未来のお客さまが集まってくださる場所ですから、ターゲットへのリーチ効率が、他の媒体と比べて圧倒的に高いと考えています。サイトへのアクセススが増えることでそのターゲットリーチも向上し、マスメディアへの投資も最適化を図れる。つまり自社サイトが伸びればマーケティング投資の予算配分が最適化されるのです。
ソーシャルメディアでの基本的な考え方も同じです。フォロワー数が伸びればターゲットリーチ効率が良くなるはずなので、さらにマーケティング投資の最適化が図れる。今はフォロワー数が順調に伸びていますし、うまくいっているという認識ですね。
――アクティブサポートといったユーザーとのコミュニケーションはどのようにお考えですか。
長見:ツイッターについては臨時の通信手段と考えていたので積極的にフォローしていますし、ダイレクトメッセージをもらったらできる限り返信するようにしていますが、公の場でのリプライへの直接返信などは行っていません。お客様との「対話」は大切にしたいですし、ソーシャルメディアのプラットフォーム上でやるかどうかは別として、将来的に充実させていきたいと考えています。
ツイッターの場合、じっくり腰を落ち着けて「対話」すると言うよりは、「拡散」のメディアだという認識を持っています。むしろニュースメディアというのが正しいかもしれません。誰かの発言がRTされることで、意図せずに突然世界中に伝わることもある。それがツイッターのおもしろいところですし、良いところだと思うんです。ひとつのプラットフォームに多くを望むよりは、良いところに集中していたほうが良い結果を得られるんじゃないでしょうか。
おそらく、アクティブサポートのようなコミュニケーションはやらないと思います。比較的容易にスイッチされてしまうような商品・サービスであれば別ですが、我々は「スターバックスだから行きたい」というブランドを目指して毎日お店を開いているわけですから、こちらから出向いていく、間違えると御用聞きのようになってしまいかねないアクティブサポートのようなコミュニケーションスタイルは取るべきではないと思っています。
――注目されている新しいサービスや取り組んでいきたい施策などはありますか。
長見:プラットフォームとして注目しているサービスというのは、実はあまりないんです。LINEはプライベートなコミュニケーションの場で、ソーシャルメディアと言うよりは、メッセンジャーサービスのように見受けられます。また、LINEは拡散しない仕組みで、企業のフォロワーが増えても1対nのコミュニケーションが行なわれるだけで拡散が起きません。そういう点では広告媒体に近い位置付けで捉えています。
Pinterestも興味はありますが、画像の著作権問題が気になるところですね。画像の権利がわからないので気軽に紹介できないようでは、RTできないツイッターのようなものなので、どのように活用するかは考えあぐねています。
マーケティング・コミュニケーションにとって「話す」「聞く」は基本ですが、現状のソーシャルメディア運用は「話す」ところをやっていても「聞く」ことができていないと思っています。「話す」担当と「聞く」担当が同じかといえば別かもしれませんが、両方やっていくことは重要です。もちろん、プラットフォームごとにアプローチの仕方は異なりますが、それは特殊な技能ではなく、プラットフォームが変わっても普通に対応して取り込める環境が理想です。そういう点ではあまりサービスを意識することなく取り組んでいきたいと考えています。
――インタビュー雑感
「ソーシャルメディアでの情報発信が特別な技能になってはいけない」という発言がありましたが、ソーシャルメディア上でのコミュニケーションを特別なスキルと位置づけるのではなく、誰でも運用できるような体制構築をしておくことは、休眠アカウントのリスクの軽減にもなる為、企業のソーシャルメディア活用において非常に重要なポイントであると感じました。(アジャイルメディア・ネットワーク)