Z世代の認知獲得共感されるブランドはN=1を大切にする114年続く貝印の次世代ブランドマーケティング
こちらの記事は、2023年2月15日(水)に実施したセミナーの内容をレポート化したものです。
創業115年目を迎える刃物メーカー貝印
徳力:齊藤さん、それでは自己紹介からお願い致します。
齊藤さん:マーケティング本部 広報宣伝部の齊藤と申します。まず自己紹介ですが、私の最初のキャリアは20世紀FOX映画に、インターネットマーケティング担当として勤めました。当時はYAHOO!のトップバナー広告など分かりやすいスクエア広告が流星を極める時代でしたね。その後、クリエイティブ・エージェンシーGREAT WORKS に移動し、中国支社のCOOを経て貝印に入り、現職となります。
貝印は、カミソリ、爪切り、ハサミ、包丁などを製造する刃物メーカーです。今年で創業115年目を迎えます。初代より遠藤家というファミリー企業の経営で、現在は4代目の遠藤浩彰が社長を勤めております。まだ30代の若い社長で、就任3年目の現在、新体制を築くためにいろいろな改革を行っている最中です。
貝印の最初の製品は、ポケットナイフの製造でした。そして、昭和の初期からカミソリの事業が主流となり、国産で初の替刃カミソリを製造、また、世界初の三枚刃カミソリを発売した企業でもあります。製品カテゴリ別売上構成では、カミソリが16%と大きいですが、それを含めたビューティーツールで30%、キッチン系で37%、ほかアメリカを中心にスポーツナイフ(折りたたみナイフ、バタフライナイフ)、医療用メスなどとなっています。ほかにはプロユースの商品として、髪を切るはさみや文具用ハサミ、鉛筆削り刃などもあります。
エリア別の売上構成では、すでに半分は海外になっています。
貝印の商品は大手コンビニ、ドラッグストアにほぼ並んでいますので、みなさんにとっては非常に身近な場所で手に入る商品になっています。後ほどご紹介しますが、それでも貝印の製品だと気づかれてない方が、若い世代を中心に多くいらっしゃいます。
野鍛冶の精神はN=1を大切にする
齊藤さん:弊社は「野鍛冶の精神」というものを大切にしています。創業の前、岐阜の鍛冶屋では刀を作っていたのですが、江戸から明治になり、廃刀令が出てから刀は作れなくなってしまいました。そこで、1人ひとりの手に馴染むようなオーダーメードでの道具や刃物の製造に転じました。その経緯からも、お客さま1人ひとりの声を大切にすることが「野鍛冶の精神」なのです。
ここ数年で、「野鍛冶の精神」は、N=1に似ているなと感じるようになりました。振り返ってみれば、N=1の事例が多くあるようで、たとえば、弊社の巻き爪専用の爪切りは、巻き爪専門医の方がお客さま相談センターに「こういう商品が欲しいけれど、貝印なら作れるのではないか」と連絡してきたことがきっかけだそうです。お話しを聞いて、作りますとお答えしたのが商品化のきっかけです。
また、皮膚科用のメスもそうです。お医者さんから、「カミソリがあるのならば作れるのでは?」という話がきっかけとなり、野鍛冶の精神でチャレンジしたという背景があります。その結果、ほかのお医者さんからもご好評をいただいて、最終的に国内外で大きなシェアを取ることができるようになりました。このようなものはN=1の精神だと捉えています。
ブランディングにおける3つの課題
齊藤さん:次に、広報宣伝における弊社の課題についてお話しするために、弊社の会員サイト、club KAIで「貝印熱狂度調査 」アンケートの結果からご紹介します。
① ファン層の高年齢化
まずこのアンケートの回答者の平均年齢ですが、なんと今では50代以上になっていました。毎年年齢が上がっており、ファンユーザーの高年齢化が大きな課題です。
ブランドの認知度についても同様で、一般向けの消費者調査でも、高年齢化が進んでいることがわかります。60代では認知が高く、女性では94%とほとんどの方が知っている状態。この数字は「マイケル・ジャクソンを知っている」くらいの割合だそうです。しかし一方で、若年層の男性では3割を切ってしまいます。これからの消費を支える世代の認知度が低いことに大きな課題を感じています。
② 先進的/かっこいいイメージを確立していく
貝印は、企業ブランドとして、先進的、革新的、かっこいいといったところのスコアを高くしたい思いがあるのですが、アンケートでは、伝統的、品質が優れているというところは定評いただいている一方で、先進的/かっこいいというイメージがついていません。若い世代にアピールすることも含め、新しいイメージを持っていただきたいと考えています。
③ 若年層の純粋想起向上
Z世代の若年層に貝印のカミソリを知っていますか、という純粋想起についてお聞きすると、知っている方は20%程度です。しかし、その後にパッケージ写真を見せると知っていた、という方は45%まで増えました。若年層においては4人に1人が会社名を知らずに貝印の商品を使っている状態で、弊社の課題と認識しています。これはピンチでありチャンスだと思っています。
これらの課題に向けて、独自のカスタマージャーニーを作りました。非認知だったお客さまに認知していただくことで、早期の再購入を促す流れになっています。否認知を認知に変え、愛用品から始まって、ほかのカテゴリーの商品にも横断いただければLTVを上げることに繋がると考えており、この視点からこれまでに様々な施策を実施しています。
ではここからは、施策の内容について紹介していきます。
事例
CASE1:“ムダ毛”って何だか可哀想…の気持ちから生まれた
齊藤さん:「ムダかどうかは、自分で決める。」このキャンペーンについて紹介します。私自身、この会社に入ってから毛の処理について始終考えているわけですが、「なんだかムダ毛って、ムダムダ言われて、可哀想」という小さな疑問というか、気持ちを持っていました。ではみなさんはどう考えているだろうかと調べてみました。
まずTwitterなど脱毛に関する個人の声を拾っていくと、ムダ毛に対し「なぜ女性だけムダ毛を処理しなければいけないのか」という疑問や、プレッシャーを感じるという声が複数見つかりました。同時期、YouTube動画広告などで身体のコンプレックスをあおる脱毛広告を辞めるよう呼びかけた若者の活動に、3万人が署名した話題などもありました。そこで脱毛剃毛についての意識を改めて調査すると、10〜20代は剃毛や脱毛について、30%からほぼ半数に近い人が「束縛感や違和感」を感じているということがわかりました。そして8割以上の人が、「髭や体毛の処理について自分自身で自由に決めたい」「気分によって剃っても剃らなくてもいいと思っている」ということがわかりました。
カミソリメーカーとして、この気持ちに寄り添った発信ができないかということで決めたのが、「ムダかどうかは、自分で決める。」の広告でした。渋谷の電車内広告と屋外広告で行い、モデルはバーチャルヒューマンのmemeを採用しました。memeは、顔にあざがあったり、産毛がけっこう生えていたりと理想化したスタイルだけではなく、コンプレックスも表現できる、ということが起用した理由です。
電車内も脱毛広告が多く、ツルツル=美しいという固定観念を押しつける広告が多いので、そのすぐ近くに置くのはどうかと思いました。メディアからの反応もよく、コンプレックス広告に対する課題感というのも強くあったようで、海外も含めて非常によく取り上げられました。お客様相談室にも、とてもたくさんの声をいただきました。今まで息苦しく感じていたことについてメーカーが言ってくれたことで、「涙が出ました」とか「知らなかった会社ですが、感動したので今後は積極的に商品を買いたい」というメールも届きました。
一方、SNSでの反響を調べると、「小学生の子がムダ毛に悩んでいるなんて、こういう世の中は良くないな」とか、体毛に関する新たな悩みが植え付けられていることが可視化され、新たな気づきを得ました。
キャンペーンの反響を受け、新たに分かってきた子どもの体毛に関する悩みについて、実際に小学生にアンケートを取ったところ、自分の毛が気になると考えている子どもは94%とのことでした。しかしカミソリで剃ったとしたらキレイに剃れないのではないか、剃ったらもっと濃くなるんじゃないかなどの心配の声もありました。じつは、剃ったら毛が濃くなるというのは科学的には根拠がないのですが、そういう言われ方も浸透していたり、脱毛広告で煽られているようです。それに、今は「小学三年生からの脱毛」といったネット広告まで出てくるそうです。
このような声を受けて体毛についての正しい知識を発信するため、カミソリ付きの「FIRST SHAVE BOOK」というのを作り、渋谷の路上で配布しました。ブックレットは現在もウェブからダウンロードが可能で、親御さんから子どもに渡していただいたり、ご要望をいただいて私立の学校では教材に採用いただいたりもしました。また、シングルファーザーで小中の娘さんがいらっしゃるけれど自分からは話しづらく、ぜひ娘に渡したいので送ってくださいと問い合わせをいただいたこともあります。
この取り組みに関してもメディアに多く取り上げていただき、若年層のZ世代に関して認知度調査のスコアが10%ほどアップするという好結果が得られました。
私としては「ムダ毛」って可哀想という発想から始まったのですが、SNS上の1人ひとりの声を定量調査し、広告を出してSNSで拡散、そしてそこからの声でまた気づきを得て新しいキャンペーンに繋がる、という流れができ、その副産物としてお客さまが増えるということにも繋がっていきました。これが野鍛治の精神で、1人の声から始める顧客獲得スキームと考えています。
CASE 2:1人の開発者の声から…新しいカミソリをつくる
齊藤さん:弊社の歴史はカミソリの歴史と言ってもよいほどですが、その主力製品のカミソリにおいてはコモディティ化が進み、何十年も大きな変化がなく、改良の余地もあまりないと思われています。そこに対し、弊社の研究開発部の塩谷俊介さんの「今までにはなかった新しいカミソリを作ってみたい」という1人の声からプロジェクト化されたのが「紙カミソリ」です。
社員1人の声からプロジェクトが立ち上がっていき、私も最終的にはメンバーとなりまして、紙のボディのカミソリができあがりました。いきなり販売するのではなくテスト販売をしかけたところ、WBSへ放映された影響もあり3日で完売するほどの好評を得ました。テストマーケティングをしながら、ショップで販売し、お客さまの声を聞いていきました。実は後付けになるのですが、そこでできたのが、「Sustainable、Clean、Fashionable、Gender Neutral」という4つのキーワードです。
ashionable、Gender Neutralは、お客さまの声から得たキーワードです。紙だからデザインの自由度が高いこと、また男性向け女性向けがないのでジェンダーの壁を取り払えるようなデザインになっていることから得られたキーワードです。実際に、プロジェクトメンバーも半数が女性社員ですし、男女問わず使えるようデザインしたので念頭にあったのですが、うたってはいませんでした。
これらの施策すべてに共通するのは「野鍛冶の精神、N=1を大切にする」こと、「Z世代、若年層にファンになっていただける」ことを目指していること、また施策を通じてブランドに「先進的なイメージ」を持っていただける方向の宣伝を目指していることです。
次世代のマーケティング活動は、個人の映し鏡として「社会」と「文化」との合意形成が市場を再構築すると考えています。ですから1人の意見を起点にしてものづくりをし、広報宣伝活動することをこれからも重要視していきたいと思っています。マスマーケティングよりは、なるべくニッチに1人から始まるものごとを大事にすることが、これら成功したマーケティング事例に共通しているところです。
社員起点で考える、ラウンド型の「熱狂」の広がり
徳力:ここでお話しいただいた事例は実はどれも、円形にだんだん周りを巻き込んで、雪だるま式に外へ膨らんでいく熱狂の構図があるのですよね。そのラウンド型「熱狂」戦略について、駆け足に解説いただきたいと思います。
自社分析も客観的にされている印象を持ちますが、以下のスライドが、齊藤さんが転職後にスタートさせた「熱狂顧客/社員戦略計画」です。
今日は時間の都合ですべてお聞きできませんが、先ほどの施策をスタートさせているときには、数年間に及ぶ熱狂計画が進み、第三フェーズ「熱狂社員を育成し、熱狂顧客へ伝える」、第四フェーズ「熱狂顧客とともに分かち合う」などの段階に入っていたのですよね。そして、その熱狂的な社員やファンに出会う前段階には、実は、顧客の調査とかファンミーティング、社員向けセミナーや調査などをやってきていたという背景があります。これだけの準備や調査があったということをみなさんにお伝えするのは重要だと思いました。
齊藤さん:エージェンシー時代から顧客の調査は当然やっていましたし、入社したことをきっかけに、社員にも調査を行いました。最初にお客さまの声を調べていくところから始めると、中の社員からこういうことを聞いてみたいという意見も上がるようになり、同時に、社員に調査をすると、すごくモチベーションが高い社員ほどお客さまとの接点を求めていた、ということもわかりました。私はファンと熱狂社員を引き合わせてあげることが重要ではないかなと思い、そこから熱狂社員のコアな部分を集めて、チーム化されていきました。
徳力:従来のファン化、熱狂顧客のモデルはピラミッド型をしているのですが、齋藤さんのモデルはラウンド型のモデルです。これはさとなおさんのファンベースにも近いと思いますが、顧客調査だけではなく、社員にも同時に聞いた、というところもポイントですね。
齊藤さん:顧客の声と社員の声と両方同時に聞くということが重要で、なぜなら顧客の声を聞くことで社員のロイヤルティも上がるからなのです。また、マーケティングの知見としては結婚などのライフイベントで熱狂スコアが上がりやすいことや、最初の商品としてカミソリで貝印に出会うことが熱狂顧客化にとっても重要ということも、調査分析からわかりましたね。
また、裏話では、前述のムダ毛をテーマにした広告のような炎上するかもしれないプロジェクトの計画も、すでに熱狂社員とコネクションができていたので、研究・営業・企画開発の各部署にいる仲間にローンチする前に相談して調整できたところもありました。ですから、広報宣伝に熱狂社員を関わらせることは、結果的にメリットが大きいと思います。
徳力:面白いなあ。しかし貝印さんはマスマーケティング中心の文化だと思うのですが、数年で大きく変わってきたのですよね。
齊藤さん:マス向け広告もずっとありますが、内容は「高品質な物を安く提供しています」というものだったので、それが時代に合わなくなったから若年層に弱いなどの現状が生まれてきました。これを踏まえて、これからはもっと若い人にブランドを好きになってもらう、ファンになってもらうための施策が必要ということで突き詰めたところ、生まれてきたのが今回のような事例なのです。
徳力:しかも突き詰めていったら創業の「野鍛冶の精神」に繋がったというのがいいですね。
齊藤さん:最初からわかっていたわけでなく、課程を通じて「あれ、これは野鍛冶の精神ではないか!?」となったので、結果論ではあるのですけれどね。
社内で味方を作り、社員を巻き込む。これがマーケティングのコアとなる
望田:熱狂活動の社内理解を深めるためにやって良かったことはありますか?
齊藤さん:こればっかりは、1人だけ熱意があってもダメですので、やはり数字が大きかったと思います。国内千人規模で社内向けアンケートを配信し、細かなデータを取っていくだけではなく、年齢と勤続年数をクロスさせるなどの分析もいろいろしました。聞いてみると人事にはそういうデータがないので大変でしたが(笑)。
そして、調査でロイヤルティが高いか、製品が好きかを聞くことで、すごい人があぶり出されます。それを持って「こんなにすごい社員がいますから、これをグループ化してファンイベントをやりましょう」と、データをもとにして上司を説得したりもしました。その後は、アンケートに率先して答えるような熱狂者なので、依頼についてはノリノリで受けてくれましたね。
望田:データとして見えることで説得材料にもなりますね。社内調査は今後私もぜひ推奨していきたいと思います。ありがとうございます。
徳力:では最後に、今日からなにか変えていきたいという企業SNSやマーケティングの担当者の方に向け、お二人からひとことアドバイスをお願いします。
望田:今日のお話に本当に感銘をうけました。まずはチームやメンバーにアンケートを取ったり、聞いたりしてみて、1人ひとりがどんなことがやりたいか、何に興味があるのかチームのメンバーの声を聞いてみるということはとても大切ですね。私もやらなければ。
齊藤さん:楽天大学の仲山進也さんが仰っていた顧客コミュニティの作り方についての例え話なのですが、まず、がんがん燃えそうな薪(熱狂顧客)から火をおこすことが大切だと。カリカリに乾いた枝の燃えやすいところに着火する、1本でもいいので、よく火が出るところで燃やしていけばその火は大きく広がりやすい。そして、そのうち湿った薪(日和見顧客)も巻き込んでよく燃えるようになる、と。熱狂社員についても言えることだと思います。
徳力:まずは、湿った薪は避けて、よく乾いている薪を社内でも集めるといいということですね。本日はありがとうございました。